透き通った美しい姿に、プリっとした歯ごたえ。そして、ほんのりと感じる甘み。生しらすには釜揚げや天日干しとはまた違う、生ならではの格別の味わいがあります。春の訪れとともに旬の生しらすを食べたくなるのは私だけではないでしょう。
生しらすの産地と言えば、静岡県・神奈川県・兵庫県・茨城県などが有名ですが、関東地方では神奈川県がトップクラスの漁獲量を誇ります。なかでも、相模湾産のものは「湘南しらす」として神奈川県の認定を受け、かながわブランドやかながわ名産100選にも選ばれていて、全国的な認知度が上がっているのは、神奈川県出身の私にとっては嬉しい限りです。
その昔、足が早い生しらすは、獲れたその日にしか味わえないご馳走だったので、産地に赴いて食べるのが主流でした。近年では獲れたての鮮度を維持するためにさらなる試行錯誤を続ける漁師や冷凍技術発展のおかげで、ご家庭にも獲れたての味わいをお届けできるようになりました。
今回は、そんな徹底した品質へのこだわりと熟練の技で「湘南しらす」を生産・販売している、神奈川県横須賀市佐島にある網元「平敏丸」のしらす漁を取材してきました。
早朝4時、まだ真っ暗な港では漁船に明かりが灯り、漁の準備が始まりました。
ここは三浦半島西部にある、佐島漁港。山を背負った港の周辺は豊かな自然に恵まれていて、昔からの別荘地や民家も多いのどかで風光明媚なエリアです。
佐島漁港は年間約500種700tもの天然魚が水揚げされていて、主な漁法は伝統的な環境負荷が少ない「定置網漁法」で漁を営んでいます。今でこそ「湘南しらす」は有名ですが、昔は冷凍技術の問題で生のしらすはなかなか流通しなかったのだとか。
神奈川県ではしらすは資源保護のため、1月1日から3月10日は禁漁です。地元のしらす漁船が出漁する期間は9か月。この日も何隻かの漁船とともに、船は社長の平野敏幸さんと1人の乗組員を乗せて出発しました。
沖合20kmの漁場に着くと、まずは魚群探知機でしらすの居所を探ることからスタート。
漁師仲間との無線で声を掛け合って、貴重な情報を共有しながらていねいに魚群を探していきます。
相模湾の空が淡く明るくなってきた頃、魚群発見!潮や魚の泳ぐ方向を見極めながら、船はしらすの群れを囲むよう反時計回りに旋回して、一瞬にして網を入れます。ここは漁師の経験と勘の見せどころ。しらすを獲る網は150mほどもありますが、手際のよい手さばきに私たちもただ見とれるばかりです。
網を入れてから引き上げるまでの時間はたったの5分。繊細なしらすを傷めないために、網の引きはていねいに、素早く。
鮮度との闘いは、水揚げ後からが要です。「氷一番!鮮度一番!」と言われるほどの作業が始まります。水揚げ直後のしらすは体温が温かいため、いかに素早く大量の氷で冷やせるかが鮮度を保てるかの分かれ目。ここからの作業はスピードが命です。
獲ったしらすを冷やす作業はどの船も行いますが、平敏丸では大きな氷と小さな氷を船上に持ち込みます。獲れた直後は小さな氷で冷やし粗熱を取ります。その後すぐに大きな氷を使い、カゴ全体にまんべんなく氷を行き渡らせてキンキンに冷やします。生しらすを傷めずに氷を行き渡らせる手の動きは、まさに「神技」。
このひと手間、この手作業こそが平敏丸のしらすへの愛情だということがひしひしと伝わってきます。「美味しいものは、美味しく食べてほしい、そのためには、手間は惜しまない。商いと仕事は別のもの。」と平野さんは言います。仕事には手を抜かない、徹底したこだわりに、平敏丸のしらす漁、ここにあり!と心に響く印象的な瞬間でした。
午前8時。全速力で港へ戻ると、万全の準備を整えたお店のスタッフが生しらすの到着を待ち構えています。きれいに洗われた生しらすから、小エビや海藻が混ざっていないか点検され、休む間もなくみるみると箱詰めされていきます。
こうして、午前10時にはすべての生しらすが海から水揚げされたままのキラキラ、透き通る鮮度で店頭に並ぶのです。
平敏丸の生しらすは、水揚げ直後から出荷まで管理が徹底されているので、夕方になっても新鮮さは保たれます。口の中で踊り出すようなピチピチ感、噛みしめるとほのかに広がる澄み切った海の香りは、品質にこだわったからこそ成せる賜物だと、取材を通じて改めて実感しました。
平敏丸の生しらすは佐島に足を運ばなくても「冷凍生しらす」で楽しむことができます。
「凍眠」は株式会社テクニカンが特許を持っている急速冷凍技術です。マイナス30℃の液体アルコールを使って、画期的な速度でしらすを凍結することが可能です。
従来は、冷凍の段階で細胞が壊れてしまい、旨味や風味、栄養素が流れ出てしまいますが「凍眠」は細胞を壊さずに冷凍ができるため、細胞のダメージが少なく水産、飲食のプロも認めるほど、解凍時の再現性が優れているのだそうです。
鮮度を保つために、1回に冷凍する量には限りがあります。それをご家庭にもお届けできるのが「丸魚濱食」サイトの冷凍しらすです。
実際に食べてみると、平敏丸の生しらすは冷凍されている時は白いのですが、袋ごと水に10分程度漬けておくだけで解凍でき、味も遜色のない透明でプリっとした食感の獲れたての「生しらす」が再現されました。本当に冷凍なのだろうか?と思ってしまうほどです。
美味しいものを美味しく届けるために、ここでも真剣な仕事と技術が活かされているのですね。
生しらすは、生の贅沢な美味しさを楽しみたいもの。
簡単に本格的な味わいが楽しめるレシピをご紹介します!
生姜醤油やポン酢をかけていただくのも王道スタイルですが、生しらす本来のほのかな甘みを楽しむには、オリーブオイルに塩ひとつまみもおすすめです。
生姜やレモンなどを使うことで、さっぱりとしらす本来の旨味を引き立て、臭みも気になりません。
炊き立ての白ご飯にぱっと乗せて、またその上からお茶やお湯をかけていただくのも、贅沢な風味とうま味を堪能できます。
みょうが、万能ねぎ、大葉、新玉ねぎスライスなど、お好みの薬味を添えて酢味噌であえるだけ。
薬味の香りと酢味噌の爽やかなコクが生しらすの艶やかな食感と相性抜群です。
薬味を刻んで酢味噌を酢醤油にすることで、なめろう風にアレンジも。
酢飯にごまを振り、生しらすを惜しみなくたっぷりと。その上から刻んだ大葉や海苔、ねぎ、卵黄をぽんと落としていただきます。卵黄を乗せることで彩りも豊かになるだけでなく、生しらすと絡み合い、より一層まろやかさと甘みを引き立てます。お好みで少量のポン酢や醤油を、また、しその実やごまをかけても美味しくいただけます。
生でなくても、かき揚げ、パスタ、ピザに加えたり、沖漬けにしたりといろいろな食べ方が楽しめます。しらすはたんぱく質やカルシウムも豊富な食材。手軽なのに、美味しく、栄養価も高い、そんな贅沢をご家庭でも堪能してみてはいかがでしょうか。
文/六反いづみ 写真/小宮広嗣
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