錦江湾に抱かれる雄大な桜島を望む、鹿児島市へやって来ました。温暖な気候と豊かな自然、ここでは古くから人々が暮らし、独自の文化を築き上げてきた土地。江戸時代には島津氏の城下町として繁栄と進展の歴史をつくりあげ、明治維新には日本の変革や文化に影響を与える人材を輩出したのは多くの人が知るところであり、この地の誇りでもあります。
余談ですが私の父は鹿児島県出身、自分にこの薩摩の血が流れていると思うと、目に映る風景や肌に感じる風がすっと自分の中に優しく染みこみ、住んだことはないこの地をどこか懐かしく思えるのが不思議です。
鹿児島はすべてが恵まれた風土かと言えばそうではありません。台風の常襲地帯でもあり、火山灰の「シラス台地」からなる肥沃と言えない地勢の中でも、先人たちは工夫をしながら作物を作り、海の幸を無駄にしない食の知恵を今に伝えています。サツマイモから作られる「焼酎」、魚のすり身から保存食となった「さつまあげ」もそれらの知恵から生まれた薩摩の名産品です。
今回は、鹿児島の代表的な郷土料理、「さつまあげ」についてお届けしたいと思います。
さつまあげは江戸時代、漁で獲れた魚が温暖な気候でも保存がきくようにと、すり身にして油で揚げたのが始まりです。また、当時貴重な食料だったフカ(サメ)などの独特の臭みを消して食べやすくするために、灰を入れて醸造したほんのり甘い灰持酒(あくもちざけ)や砂糖で味を付けるなど、獲れたものを美味しくいただくための知恵が息づいています。
ところで、さつまあげは地元・鹿児島では「つけあげ」と呼ばれているのはご存知でしょうか。なぜ、つけあげなのかはいろいろな説がありますが、琉球から伝わる魚のすり身を油で揚げた「チキアーギ」が訛って「つけあげ」になったという説があります。沖縄もそうですが、ベトナムやタイなどの東南アジアでは、魚のすり身を揚げた料理があるので南方の影響を受けているという点で納得できるのですが、それとは別に島津斉彬公が江戸から技術を取り寄せたという説もあるようです。実際はどうなのでしょうか。
そして今や、インフラの発達とともに、全国的に知名度が上がったさつまあげ。鹿児島県内で販売する事業所は、100軒以上もあると言われていますが、その中でも添加物を使わず、揚げたての味にこだわっているという(株)立石食品のさつまあげ店「揚立屋」を訪れてみました。
空港から車で1時間ほど、鹿児島市の南の郊外にある「揚立屋 七ツ島店」に到着。5つの実店舗のうちの一つで、こちらの店舗は広い駐車場があるので地元の住民以外にも大型バスからの観光客がさつまあげを求めに訪れるそうです。
店内のショーケースには、定番の「棒天」「小判天」をはじめ、「きくらげ入り」「れんこん入り」「ニラ玉ねぎ入り」など多くの種類がずらりと並びます。季節ごとや日替わりでもさまざまなさつまあげが登場し、その日はウインナーをすり身で巻いた「黒豚ドッグ」や緑鮮やかな「大葉包み揚げ」といったユニークなさつまあげがあり、目を引きました。いろいろな種類が入った詰め合わせだけでなく、食べたいさつまあげを1つから購入できるのは嬉しいところ。
店舗事業部の畑中さんにお話を伺ったところ、地元では、お酒のつまみやおかずなどにさつまあげをいただくのはもちろん、お茶請けや年末の年越しそばにさつまあげを入れて食べる文化があるのだそう。これだけさまざまな種類から選べると、自分流のさつまあげの楽しみ方も広がりそうです。
さっそくお店で人気の「チーズ入り」と「れんこん入り」をいただいてみました。私が子どもの頃、父方の親戚からいただいた鹿児島のさつまあげは、砂糖の甘さのイメージがあったのですが、こちらは甘さ控えめ。揚げ立てならではの油の軽やかさと、白身魚本来の甘さと風味がやさしく口に広がります。チーズ入りは、チーズの香りととろりとした食感がすり身とまろやかに溶け合い、れんこん入りは、上品なすり身の味わいを損なわない、さりげないピリ辛味とれんこんのシャキシャキ感がアクセント。バランスが良いのでついついあとを引く、そんな味との出会いでした。
揚立屋のさつまあげは、すべてその日にお店で揚げたもので、翌日への作り置きは絶対しないという、その名の通りの「揚げ立て」にこだわっていると畑中さんは言います。ネット通販でも注文が入ってから直ちに揚げることを徹底しているそうです。なぜ揚げ立てにこだわるのか、白身魚本来の上品な味わいの秘密は何か、(株)立石食品「揚立屋」の本社工場へ向かい、さらにお話を伺うことにしました。
今回訪れた(株)立石食品は昭和45年創業。この約50年間で「揚立屋」ブランドとして独自のさつまあげの味を追求し、その道一筋で全国的に販売を展開しています。
先代の社長の頃からの(株)立石食品を良く知る、執行役員の川上さんにお話を伺いました。
先代の社長は、実家の事業を継がず、静岡県の焼津で修業をした後に今の会社を立ち上げました。実績も、資金も、取引先もなく同業は老舗ばかり。そんな中、先輩方と同じことをしていてもダメだと夜中からさつまあげを揚げて、朝市に持ち込んだことから事業がスタートしたそうです。
その後、スーパーなどでお客様の目の前で実演販売を行うようになるとさつまあげは飛ぶように売れたのだとか。同業がまだしていなかった「揚げ立て」の美味しさで差別化を図り、店名を「揚立屋」と冠し、今でもこの作りたての精神が引き継がれています。
また、「揚立屋」にはこの他にも大事なこだわりがあります。それは、酸化防止剤やリン酸塩などの保存料を一切使用しないということ。
古くから生協へ商品を卸していたという経緯もあり、「安心・安全な食」への意識は高く、添加物を使わないさつまあげ作りを徹底してきました。無添加の美味しさにこだわれば鮮度の良い魚でしか味づくりはできず、その分コストも手間も余計にかかってしまうのですが「いいものからしか、いいものは生まれない」の精神を貫くことは創業以来、妥協せずに守り続けている伝統なのだそうです。
さつまあげは「すり身を油で揚げる」という一見シンプルな食べ物ですが、素材の選び方、すり身の配合、撹拌、成形、油の揚げ方、油の切り方、冷やし、と実にたくさんの工程を経てでき上がり、それぞれの段階のやり方が違えばその個性は全く違うものになります。
揚立屋では、すり身に混ぜる塩は沖縄産、地酒は鹿児島産、水は備長炭の活性水を使い、原料となる魚肉もスケソウダラ、エソ、イトヨリなどから季節ごとに選び抜き、魚の旨味が最も引き出される配合で作られます。
「無添加で作るとすり身の練りの状態は日々変わるので、昔から練り状態を毎日さわり、変化を確認することの大切さを先代が伝えてきました」と川上さんは言います。
およそ50年の時を経て、工場は先進の機械化を遂げて衛生管理や生産の効率は格段にアップ。でも、やはり大切なのは、この微細な職人の感覚と心意気だということが伝わります。
最後に、川上さんにさつまあげの美味しい食べ方は何かと尋ねたところ「何もつけずにそのまま食べるのが一番」。それは、本当に「いいもの」だからこその答えでした。
取材を終えて、市内の酒屋で大好きな焼酎を、また薩摩焼の窯元に立ち寄り「黒さつま」の皿を、そして空港では揚立屋のさつまあげをそれぞれ購入しました。作り手の方々の思いを感じながら、私の先祖たちが暮らした鹿児島にゆっくりと想いを馳せてみたくなった旅でした。
文/六反いづみ 写真/小宮広嗣
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