緑あふれる山並みと、豊かに水をたたえた河川、そして広大な太平洋に抱かれた高知県。
温暖な気候と自然の恵みを受けたこの地では、山、海、川、盆地で育まれた地の食材を生かした食文化が発展してきました。
高知生まれの人は、おおらかで明るい印象がありますが、新鮮な肉や魚、野菜に事欠かない暮らしのおかげかもしれません。かの坂本龍馬も「豪放磊落(ごうほうらいらく)」=度量が大きく、細かい事を気にしない性格だったと言われているのも何だかうなずける話でもあります。
そんな坂本龍馬がこよなく愛したと言われる桂浜に来てみました。ここから臨むことができる土佐沖では、黒潮に乗った鰹を追って古くから漁が営まれ、鰹は高知を代表する食材として親しまれてきました。鰹は高知県の県魚でもあり、その消費量も全国1位ということから、高知の人は本当に鰹好きなのだと伺い知ることができます。
今回は、高知を代表する郷土の味「藁焼き鰹塩たたき」についてお届けします。
鰹料理と聞いて、まず思い浮かぶのは「たたき」ではないでしょうか?新鮮な鰹を節の形におろして、表面を素早く炙り、切り方はちょっと厚めに。そこに生姜、薄切りにした生にんにく、みょうが、玉ねぎスライス、青ねぎなど、たっぷりの薬味とポン酢や醤油でいただくのが高知の定番スタイル。もともとは、漁師が船上で食べていたまかない食が始まりだそうです。獲れたての鰹は臭みもなく、醤油を使わずに塩でシンプルに味わうこともできるのだとか。漁師や地元だからこその、実に贅沢な楽しみ方です。
「たたき」という名前は、炙った鰹に塩を振り、土佐酢やゆず醤油などで身を引き締めたり、味をなじませたりする時に手や包丁で「叩く」ことからその名が付いたと言われています。塩やタレが貴重だったその昔、漁師の家ではなるべく少ない調味料でしっかり味を浸み込ませるために、自分の手に調味料を塗って叩いたのだそう。
そして、この鰹のたたきをただ単に火で炙るのではなく、藁を使って炙る。これこそが高知流の味わい方です。藁独特の芳ばしい香りはもちろん、表面だけを高温で一瞬にして焼き上げるため、鰹の身はレアな状態に留めておけるのも藁ならでは。鰹のたたきの美味しさを最高に引き立ててくれる、昔から受け継がれる伝統の調理法なのだとか。
漁師のまかない食のような、獲れたてで、臭みのない、塩で食べられる贅沢な藁焼き鰹塩たたき。その本場の味わいにこだわった藁焼き鰹塩たたきを製造・販売している明神水産(株)を訪ねてみることにしました。
高知市内から西へ約90キロ。県南西部に位置する黒潮町へやって来ました。のどかな山と川のある町の端には昔から鰹の一本釣り漁が行われてきた佐賀漁港があり、漁船がちょうど鰹の水揚げをしている場面に遭遇しました。そんな佐賀漁港のすぐそばに明神水産(株)の本社はあります。
明神水産(株)は1955年の創業以来、鰹の一本釣りに特化し、今ではその漁法で日本一の漁獲高を誇るばかりでなく、水産加工販売や高知で人気の飲食店「明神丸」などの事業も展開しています。
こちらの藁焼き鰹塩たたきは、漁法、鮮度、仕入れ、調理加工まで徹底してこだわり、「漁師が釣って、漁師が焼いた」昔ながらの漁師のまかない食の鮮度と味を現代の技術を駆使し、今に伝え続けています。さっそく、第二営業部部長の富岡さんにお話を伺いました。
漁師が長い竿で次々と軽快に鰹を釣り上げる「一本釣り」漁法。重たいはずの鰹が空中をたくさん飛び交う映像を見て、目を奪われたのは私だけではないでしょう。「一本釣りで釣られた鰹は、一度に多くの鰹を獲る巻網漁法よりも身の傷みが少なく、良い品質が維持できます」と富岡さんは言います。この漁法のさらに良い点は、鰹を獲り過ぎることなく、海洋資源を守ることにも繋がること。だからこそ明神水産(株)はこの漁法にこだわって漁を行っているそうです。
一本釣りで釣り上げられた鰹は、船上ですぐマイナス20度の食塩ブライン溶液に投入され、釣れてからわずか1分ほどで生きたまま急速凍結されます。この場合、旨味成分であるドリップが流出しないことから、生鰹にも劣らない鮮度を維持することができます。
食塩ブライン凍結ができる漁船は遠洋で操業するB-1船です。これは日本で20隻ほどしかない漁船で、このうちの3隻は明神水産(株)の自社船なのだとか。この食塩ブライン凍結された鰹は1級品として流通されていて、明神水産(株)で製造する藁焼き鰹塩たたきに使用する鰹は全てB-1船のものを使用しているそうです。
鮮度を維持した鰹は、加工の段階でもさらに美味しさへの工夫が凝らされます。凍結した状態でカットされ、ただちにオリジナルの藁焼き専用機で表面を焼きます。ここでは、外は藁の芳ばしい香りを乗せながらしっかり焼き、中は釣った直後から凍ったままという、絶妙のバランスを保つのがポイント。これはなかなか家庭では再現できません。
「その日の気温、湿度、鰹の脂の乗り具合を確認しながら、藁の量や機械の回転数を調整するほか、定期的に焼きたての鰹を切って中身をチェックします。この時、品質にばらつきが出ないようにチェック担当は限られた人数で行っています」と徹底した品質へのこだわりを語ってくれました。
藁焼き鰹塩たたき作りで忘れてはならないのが藁の存在です。明神水産(株)ではスタッフが近隣の黒潮町や四万十町、四万十市などをはじめとした、山あいの清流付近の農家を訪ねて良質な藁を買い取ったものを使用しています。
この10年ほどで農家の高齢化が進んだため、藁不足は深刻な課題となりました。そこで、明神水産(株)では2014年に「明神ファーム」を立ち上げ、翌年から自社でも稲作を開始することになりました。
「休耕田などを借り、若者が稲作を行うことに高齢の農家さんも大変喜んでくださいます」と富岡さん。今では1年間に使用する約3万5000束のうち、1万束程度を自社で補えるようになったと言います。
明神ファームでは、藁焼き後に出た灰や鰹のたたきの規格外品を田畑に戻し、肥料として利用するなど、SDGsや循環型農業にも積極的に取り組んでいるそうです。
この後、高知市内にある明神水産(株)グループの飲食店「明神丸」を訪問し、実際に藁焼き鰹塩たたきをいただいてきました。
明神丸では、本場高知流の「天日塩」での食べ方がおすすめとのことで、ポン酢を付けずに塩と薬味でまずひと口。
藁の香り芳ばしく炙られた皮のまろやかさ。そして程よく脂がのってふわふわとした赤身の食感。そこに天日塩の深い味わいが鰹の旨味を引き出します。足が早いと言われる鰹ですが、全く鰹の臭みがなかったのには驚かされました。
天日塩は黒潮町の職人が海水をくみ上げ、加熱処理を一切せずに太陽と風だけで乾燥させたものなのだそう。
原料、製法、鮮度維持、全てにおけるこだわりの結晶は、昔ながらの漁師のまかない食の贅沢さをさらに超えるものに感じました。目を閉じると、高知の自然の風景が舌から脳へ、身体へ広がる、そんな旅の幸せを感じるひと時でした。
文/六反いづみ 写真/小宮広嗣(一部写真明神水産ご提供)
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